楽しむ準備は出来てるか
Music: 昼の月 - 林ゆうき ←
空港なう。
普段は飛行機の前はお酒は飲まないのだけど、
これは門出なんだお祝いしようという気分が強かったので
シーフードのカウンターバーに座って
おしゃれに白ワインを飲んでいる。
(その他のメニューが高すぎてそれ以外は無理)
前にもこんなことがあったなと思ったら
イギリスに来る前の成田だった。
その時のエントリ ←
わたしは、
こういう時には酒を飲むことになっているらしい。
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空港に来るまでの移動時間の中で
改めてイギリスを離れるということについて考えてみたのだけど、
やっぱり今の感覚としては、
どちらかというと
イギリスを去るというより
東京に行く、という感覚の方が強い。
なくなっていく日常は昨日振り返ったけど
やっぱり意識していない時にぼうっと思いを馳せているのは
これからのことなんだな。
職場はこんな感じだろうかとか
どんなおうちに住むのだろうかとか
日本の天気やその空の下で出会う人のこと。
漠然としているけど。
おっかなびっくり夢を描く感覚にも似ている。
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イギリスで過ごしていてよかったのは、
毎日がゆっくりとしていたこと。
自分のことや身のまわりのことを振り返ったり確認したり考えたり、
そうして直近の生産性には大して結びつかないかもしれない自分の在り方とか成長の道筋を
気の済むまで確かめることができた。
忙しい時間帯も当然あったけれど、
今というその状況を反省したりその妥当性を吟味することをリアルタイムで行うことが出来ていたから
今更振り返ってどうこうというのがないのかもしれない。
もっと出来たかった。
それは仕事だけでなくて
プライベートでもそう。
今の自分はここまでだ、ということはここを去ることでとても明確になる。
それは結果として、これが今の自分の実力だったということだ。
けれどその成績を、私はずっと知っていた。
知っていたから動き出せなかったけれど
だからこそ今、動き出すときに傷ついたりしない。
私は全力じゃなかった自分を知っている。
さぼった箇所は自分で分かる。
もっと書き込めたレポートを知っているし
参加できた夕食会を知っている。
そういう弱さや手抜きを含めて、これが今の自分の最大値。
ここまでだったのだ。
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動き出すのは、もっと戦いたいからなのだという気持ちからだと
確認できることが、今は勝利なのだと思う。
もうここでは戦えないと思った時に
もうどこの戦場でも通用しないと感じた時に
それでもどこかで頑張っていたいと思う気持ちがあって
だから苦しかったんだと思うの。
頑張っているということは気持ちがいい。
頑張れる何かがあるということこそが幸せだなと思う。
そういう感覚を私は知っていて、あれをもう一回感じたいと思うんだ。
感じれる身体と命を
私はまだ持っている。
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行きついた先がそうだという確証はないけど、
そうかもしれないというワクワクとドキドキは今特有のもので、
人生何度転職したって、
それでもそう何回も感じられる感覚じゃない。
NYから日本に帰り着いた時とは明らかに違う高揚があるということが
今はもう思い出せない何もなかった平坦な毎日にも意味があったんだと教えてくれる。
ここにたどり着いたんだよって。
そしてこれからも
どこかには向かい続ける毎日が
きっとどこにだってあって、
どこにだって行けて、
それを私はたまたま東京で生きる。
でもこれで終わりじゃないんだ。
ここからが楽しいところ。
行くぜ東京!