ONE VOICE

     * ONE LOVE + ONE LIFE + ONE VOICE *        笑っていれば、イイコトあるよ  

風の王国

Music: 風の王国 - 天地雅楽

比較的冷静だったと思う。
どちらかというと潤くんやニノに近いものだったのかなと。
衝撃はあったが、驚きはなかった。
痛みはあったけど、そこに不思議はなかった。
たださみしい。
けれど、何らかの形でこういう日が来ることを、私は知らなかったわけじゃない。

このさみしさは、
変わらない笑顔と暖かさと、最大限の丁寧にくるまれてやって来た。

だからただ、ありがとう、と思う。

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嵐とは何か、
というのは、嵐を好いて応援している中で、ずっと考えていたテーマでもあった。
派生していく、広がっていく、増えていく。
息づいていく。

最終的には、嵐とは文化である、という説明が一番腑に落ちた。
三者のもつ顔や身体や、その歌や踊りではなく、
嵐とは、私にとっては自分自身のことなのだ。

毎日を生きていくとき、
人と話すとき、
会話の中に、姿勢の中に、
嵐がいる、と思う。

ああいう風になりたい、と思いながら彼らを追ってきた。
ああいう風に、
自分ではない他人と関係を築き、
共に、
生きていく。
そういう在り方を、
その努力を、
私は嵐だと思っている。

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"リーダーである大野の思いを他の4人が受け入れた"という訳ではなく
"メンバーの1人である大野の思いを5人全員で何とか1つの着地点にたどり着けることができた"

そうか、家族会議だったのだ、と思った。

誰かの身に起こった変化を受けて、
全員の日常が変わる。

他人と共に暮らすというのは
暖かく、幸せで、とても面倒くさいことだと思う。
手を離すことなんて簡単だ。
経済的に自立している大人ならなおさらだ。
楽しかったね、元気でね、頑張れよ、オレも頑張るから。

けれどその理不尽な諸共さを彼らは、今後も続けることを選択した。
役所に届け出ているわけでもないのに、
一つの共同体として存在しているその形を、
まだ崩さない、という第一歩。

ああ、なんてめんどくさい選択をするんだろう。

僕らはそれぞれいろんなことを話し合った中で決断を出しました。
その中で一番強く思うことは、5人がそれぞれに嵐が好きだということ。
その嵐を好きな思いをもってこれから5人で歩んでいこうと思っている。

そうだね。
そうじゃなければ、この道は選べないね。

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反対というか、できませんか?という相談はしました。
やりたくないのはなぜかというのを徹底的に話し合って、みんなで共有して決断をするので。

やりたくないのはなぜか。

その問いかけこそ凄まじい、と思う。
容赦がない。
他人が、自分のそれを徹底的に話し合うということの恐ろしさを想像する。

何かをやめるとき、
明らかに前進ではない道を選ぶとき、
ただただ勇気が必要になるのは、
自分以外の人間にはその価値を理解してもらうことができないのではないかと思うからだと思う。
自分の思う、ただしくだいじな選択が、
他の人にはそうではないと知るのは辛い。

しかし大野さんは、その問いに全身で応えたのだなぁ、と思う。
そこに全てが詰まっていると思う。
頭のてっぺんからつま先に至るまで、感覚と芸術で出来ているような彼が、
他の4人にも分かる言語で、
自分の胸に湧いた想いと気持ちに触れてもらえる努力をしたのだ。
簡単なことではない。
何て恐ろしいことだろうと思う。
だけれど、伝えなければと思う責任感と
その誠意を促すような間柄が彼らにはあって、
そしてお互いの価値観を無遠慮に裁いたりしない敬意と聡明さも持ち合わせている。

嵐とは、
そういう話をしても、人が傷ついたりしない安全な場所なのだと知った。

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嵐は、
いま目の前にあることに一生懸命なグループだ。
それは、
もとをただせば大野さんの根底でもある。

今を大切にする中で、
いかにしてここまでやって来たのか、という演出を最近ライブでよく見るなと思っていた。
同時に、トップとして長く君臨する彼らの道のりは
その努力が並大抵のものではないことは大前提として、
しかしここ数年はそこまで大きな変化があるものではない。
維持。そして向上。
あくまで今という瞬間の連続性を、丁寧に大切にしているのだなと思った。

歳を重ねていく中で、
想像もしないような未来を思い描くことは難しくなっていく。
目の前にあることへの一生懸命を勤める、
そのこと自体が連なって重なって、
導かれる明日は、あくまでも続きの時間でしかなく、
そこに夢にもみなかった巡り合いや、目の醒めるような発見は失われていくのかもしれない。

その時に自分が何を思う、何をするのかなというところに興味がある

まだ出会ったことのない今という時間は、
本来はそういう新鮮さをもって訪れるべきものなのではないかと思う。

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リーダーがまた同じ方向を向いてくれた時には

きっと、「待つ」という意味合いが強いのかもしれない。
来るのか分からない未来を、
ただ夢見る。
その実現にあたって自分のできる努力はあまりなくて、
ただ、待つ。

彼らが選んだ、休止、という選択は、
そういう理不尽な諸共なのだ。
でもだって好きだから。

嵐さんにとっては、
新しい、「今」の過ごし方になるのだろう。
そういう時間も、そういう方向性の難しい努力も合わせて、
人と生きていくというのが嵐なのではないかと思う。

逆に決められた時間を全力で、後悔しない時間に

もう二度とこない。
そういう瞬間の今を、同じように、5人で繰り返していく。