ONE VOICE

     * ONE LOVE + ONE LIFE + ONE VOICE *        笑っていれば、イイコトあるよ  

you can be king again

Music: King - Lauren Aquilina

ことしは、
たくさんのところに行って、
たくさんのものを見た。

でも家に帰ってきては、いつもと同じベッドの上でパソコンを広げて
同じ場所から動かないまま
新しいものを見つけて新しい声を聞いていた。

ファンダムは、
いわゆる沼というものは、
ジャンルでも作品でもそれぞれにある程度の文化の差異があって
その文化の中だけで通じる笑いや言葉のやり取りがあり
さらに個々人の態度や考え方でもっと小さなグループや島に分かれていたりしていて
いつも思うけど、まるで国のようだと思う。

そういう意味も含めて
ことしはたくさんの国にお邪魔した。

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声優さんの沼を発見して、
なのだけどなかなかアニメという媒体に集中力がハマり切れず
片足だけどっぷりつかっているようなバランスの悪いのめり込み方をしている。

杉田智和さんという
毎日ふと考えるたびに思い出す凄さのベクトルが違う
大変不思議な方の存在を知って、まとめ動画などをたくさん漁った。
翠星のガルガンティアというアニメの最後のシーンを切り取ったクリップがあって、
どこか心を、とん。と強く突いたものがあって
ただ、ただなんだか泣くことが出来て、
それが何故だったのかを知りたくて、最初から見た。

AIシステムの役だから、すこし加工のかかった無機質な声なんだけれど
冷徹ではなくて暖かさがある。
手放しで優しいわけじゃないんだけど、攻撃をしない声だと思った。

「その生命に、最大の成果を期待する」

六日目のかみさまは、きっとこんな気持ちで人を創ったのかなあ。
いのち、という言葉は
こんな風に、こういう風に、発音することができる。

成果、というものを生み出すために私たちが持ち合わせている武器はこれなんだ、
仕事や立場や、予算やシステムではなく、
この生命、
そうだ、
私の身体に血を巡らせるこの生命だった、
と、
とん。
と音を立てて気付いた。

わたしは、今の仕事をやめようと思っている。

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もう、ずっとずっと知っていたことだった。
きっとこの道はどこにもたどり着かないなっていうことを、
私は修士課程に入る前から知っていた気がする。
でも興味があったことは間違いがなくて、
この社会の痛みはなぜだろう? どうしてだろう?という疑問があって
それはとても知りたいことだったんだ。

学ぶことで分かったのは、
自分の力ではなにもできないのだ、ということだった。
この痛みを、説明することはできるようになった。けれど消し去ることはできない。
もっと大きな何かの一部になる必要があった。
それを踏まえて、私は単体ではどうしたらよいのかわからなくなって
とりあえずお金をいただける一番分かりやすいところへ嫁いだ。ちがった、就職した。

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何ができるわけでもない自分は
歯車のひとつになることで、それだけでこんな風にありがたいなありがたいなと
毎日毎日思い起こされるような機会をたくさんいただいて
そこで私はなんの夢も見ていなかった。

起きて、言われたことをして、それ以上を考えることもできなくて、
おうちに帰って、
寝た。

この場所にいて、ほんとうにいいのだろうか。
この仕事をしていて、ほんとうに良いのだろうか。

それは自分である必然性についてもそうだし
会社の利益とか
社会の利益とか
よく分からないけれど漠然とした「みんな」というものを思い浮かべては
歯車である私は、みんなの役に立っている気がしない、と思った。

目的がなかった。

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一方で、でも私は傲慢にも、
もう少しできるのにな、と思っていた。

私はもっと、役に立てる。

どれだけ社会のこととか国のこととか
目に見えない軋轢の解決に無力であっても
私は私を必要としてくれる誰かの
役にたつことができるんじゃないのかなぁ

なんて。

その気持ちをどうしても忘れられなくて
だからきっととても苦しかった。

私は、この4年をかけて動き出せずにこの場所にとどまったまま
ゆっくり
とてもゆっくりと挫折をしながら
同時に全然違う空に向かって夢を見ていたのかもしれない

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今の会社で、業界で、
何か形を残したかったという気持ちはあって、
それはプライドだったり区切りだったり、単なる気持ちの整理だったり
勝負であったわけでもないのに、
これを負けだったことにしたくなくて、もう少し、もうちょっとって、
ずっとここにいた。

私は立ち止まったままなのに、
慣性の法則で周りと一緒には進んでいるように解釈されたりして。
置いていかれてるんだけどなって思いながら
追いつきたい気持ちも大して湧いてこなかった。

何かが起こるような期待をしていた。
何かが起こってくれないかなぁという願いでもあった。
だけど自分がここで、こういう形でどうにかなりたい、という思いは
どうあがいても決定的に欠けていて
その欠落を私はどう処理したらよいのかが分からなかったんだ。
恥ずかしかったし、
悲しかったし、
寂しいなと思っていた。

戦いたい自分に応えてあげられないことに
ただどうしようもなくがっかりしていた。

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やめよう、と決めたのが具体的にいつだったのかは正直よく分かっていない。
やめるんだろうな、と思いながら過ごしていて、
やめなくては、と思いながら毎日があって
これ以上進んだら全身が嘘になる、と思ったどこかのタイミングで
やめるかもしれません、と声にしただけだったような気はする。

次に行く場所は決まっていない。
いろいろ理屈を付けてみて
何となくこういうことをしたらいいんじゃないだろうか
こういうことをしたら辻褄が合うんじゃないだろうか
という思い付きはあるけれど
本当にそれをやるのがよいのか
本当にそれをやりたいのか
もはやよく分からない。

そもそも何の物差しでそれを決めるのが正しいのかも分からなければ
正しさって何だろうと思うし。
結局何もわからないのだ。

だからとにかく何かをやるしかないとは思っている。

そのためには、まず仕事をやめなくてはならない。

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仕事で何かを成し遂げようと思うのを、終わりにしなくては、と思う。
たまにそのことも忘れてまた日常を繰り返しそうになるけど。

杉田さんが発音した生命という言葉は、
そうだった、それを私は持っていて、
それは、仕事なんかよりももっと大きくて無限で可能性があって
まだ時間も未来もあるのだったと、
思い出させる
暖かな目くばせの音をしていると思った。

この空と海のすべてが あなたに可能性をもたらすだろう
生存せよ 探求せよ
その生命に最大の成果を期待する


仕事を辞めても
住む場所を変えても
そんなことは大したことではないんだと
打ち続ける鼓動を胸に抱えているくせにまたすぐにだって忘れてしまうけど
杉田さんの声で表現された、かみさまからの締め切りのないその期待に
私は応える努力をしたい。

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これは怖いけど、
怖いことじゃないんだ。

ちょっと寂しいけれど
辿り着かないかもしれないけれど
出会いは続いていくから
ひとりじゃない。

これからも、ぼうけん。

ぱちぱち。いつか、きみが言った忘れそうなその言葉を。